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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)280号 判決

原告(反訴被告)

西川建設株式会社

右代表者

西川幸吉

右訴訟代理人

木村利栄

外三名

被告(反訴原告)

天野幸政

右訴訟代理人

森田武男

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙目録記載の土地につき、昭和二五年五月二〇日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三  訴訟費用は本訴反訴とも原告(反訴被告)の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本訴請求についての判断

一1  昭和二二年九月五日当時、石田琴が本件土地を所有していたこと、原告会社が昭和二三年一〇月二〇日設立されたことおよび被告が本件建物を所有して、本件土地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

西川幸吉は、昭和二二年九月五日当時、父西川梅吉の営業を引き継いで「西川工務店」なる名称で、個人として建築請負業を営んでいたが、同日、本件土地を含むその周辺の土地約一六〇坪(約528.92平方メートル)を所有していた石田琴からこれを買い受けた(当時、琴が本件土地を所有していたことは、当事者間に争いのないこと前示のとおりである。)。幸吉は、その後、前示のとおり原告会社を設立したものの、当時の経済情勢が極めて不安定であつたところから、原告会社がいつ倒産するかも知れないことや、税金の問題等を考慮して、右買受けにかかる各土地につき、自己に対する所有権移転登記手続をせずに、これらを原告会社に譲渡したが、その含み資産とする目的で、昭和二四年二月一六日、妻西川豊子名義でその所有権取得登記を了した(かかる所有権取得登記がなされたことは、当事者間に争いがない。)。幸吉は、昭和二八年ころから、原告会社の経営資金等に充てるため、右買受けにかかる各土地を他に売却処分したが、本件土地はこれを処分することなく、昭和四三年八月一四日、真正な登記名義回復を原因として、原告会社に対する所有権移転登記を了した(原告会社を所有者とする所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。)。

二1  昭和二五年五月二〇日当時、本件土地につき、西川豊子が石田琴からその所有権を取得したとする所有権取得登記がなされていたことおよび被告が昭和三五年五月二〇日当時においても、また昭和四五年五月二〇日当時においても、本件土地を占有していたことは、当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 明石タヅの夫で、明石辰次郎の父であつた明石小一郎は、昭和二五年五月二〇日当時、東京都渋谷区原宿一丁目七二番地の土地を所有し、これを被告の母花井マツの弟長谷川馬之助に賃貸していた。馬之助は(同土地上にバラック建の建物を建ててこれに居住し、同所にマツおよび被告を同居させていた。ところが、小一郎は、当時、右土地を他に売却し、これを買主に明渡す必要に迫られたが、右のように同土地上に馬之助らが居住していたため、同人らにその転居先を提供しなければならない立場にあつた。そこで、小一郎は、西川豊子の夫である西川幸吉の父西川梅吉との間において、同日、本件土地を代金二万二五〇〇円で買い受ける旨の契約を締結してその引渡を受けた。右契約の際、小一郎も梅吉も本件土地が当時「原宿町三−三五六番地」の土地の一部であると誤認していたがために、右契約を証する書面(乙第六号証)には、その旨表示された。ちなみに、本件土地は、当時、東京都渋谷区原宿三丁目三五七番六の土地の一部であつた。かくして、本件土地所有権を取得したものと考えた小一郎は、そのころ、馬之助に対し、その転居先として本件土地を賃貸した。右により本件土地を賃借した馬之助は、そのころ、前示原宿一丁目七二番地上にあつた建物を本件土地上に移築し(これが本件建物である。)、同所にマツおよび被告とともに居住するに至つた。なお、馬之助は、同年七月一六日、日動火災海上保険株式会社との間において、本件建物を目的とする火災保険契約を締結した。右のように、馬之助が本件土地上に居住するに際しては、本件土地には水道が敷設してなかつたため小一郎が梅吉に依頼して予め隣地の梅吉方から本件土地に水道を敷設する工事をなした。その後、馬之助は、本件土地の賃借人として、小一郎に賃料を支払つてこれを使用していたが、昭和二六年一月二四日馬之助が、同年二月五日小一郎がそれぞれ死亡し、その後は、小一郎の妻タヅが貸主、被告の母マツが借主となつて本件土地の賃貸借関係が継続していた。

この間、小一郎、その死後はタヅから梅吉や豊子に対し、本件土地につき所有権移転登記手続をなすように求めたが、梅吉や豊子はいずれはこれに応ずるとは云いながらこれを履行しなかつた。

(二) その後、昭和二六年六月五日、被告がタヅとの間において、同人から本件土地を代金三万円で買い受ける旨の契約を締結し、内金一万五〇〇〇円を同日支払い、残金一万五〇〇〇円は、同年七月から翌二七年九月まで毎月一〇〇〇円宛支払うこととし、右代金完済に至るまでは同時に本件土地の賃料を従前どおり支払つていた。右契約においても、前同様本件土地が「原宿三―三五六番地」であると誤認されていたため、これを証する書面(乙第一号証)にはその旨表示された。被告は、右売買残代金の完済と同時に本件土地所有権を取得したものと考え、タヅに対し、本件土地につき、所有権移転登記手続をなすよう求めたが、タヅもこれに応ずるため前同様梅吉や豊子に対し、同様の手続をなすよう求めたもののこれに応じてもらえなかつたため、被告の右求めに応ずることができなかつた。

3  以上の認定に反する趣旨の〈証拠〉は、前顕各証拠と対比すると採用し難く、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

4 被告は、明石小一郎が、本件土地の占有開始時において、その所有権を取得したものと信ずるにつき、正当の事由があつたと主張するが、当時、本件土地は原告会社が所有していたことは前記一2において認定のとおりであり、また、当時、その不動産登記簿上の所有名義人が西川豊子となつていたことは前記1のとおりであるところ、小一郎は、原告会社や豊子との間において、本件土地を買い受ける旨の契約をなしたものではなく、西川梅吉との間においてこれをなしたものであるが、これを証する書面(乙第六号証)においては、売主が豊子である旨記載されていたのであるから、たとい梅吉が豊子の義父であるとしても、すくなくとも豊子に対しては右売買につきその意思の有無を確める等のことをなすべきであり、これをなすにつき特段の障害があつたと認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、いかに当時が未だ第二次大戦後の混乱状態を脱しきつていなかつたとしても、小一郎が梅吉と豊子との身分関係だけから本件土地の所有権を取得したものと信じたとしても、かく信ずるにつき正当の事由があつたものと認めることはできず、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。

よつて、被告の右主張は採用できない。

5  なお、原告は、被告は、被告が本件土地を買い受けたと主張する当時、本件土地につき、明石タヅを所有者とする登記はなく、西川豊子を所有者とする登記がなされていたことおよび本件土地は一筆の土地の一部であるにかかわらず、これを分筆する旨の登記もなされていないことを知りながら、タヅとの間において本件土地を買い受ける旨の契約をなすに際し、豊子やその夫である西川幸吉に対し、真実タヅが本件土地を所有しているか否かについて確認を求めておらず、また被告が本件土地を買い受けた旨の通知さえもしていないので、仮に被告が本件土地所有権を取得したと信じたとしても、これにつき正当の事由がないと主張するが、被告が本訴において主張している取得時効は、自己の占有だけではなく、その前占有者である明石小一郎、タヅの本件土地の占有期間を合算しているものであることはその主張自体から明らかであり、かかる場合においては、当初の占有者(小一郎)の占有開始時点において、同人につき正当の事由の存否を判断すれば足り、その後の占有承継人についての正当の事由の存否は、時効取得の成否になんら消長をきたすものではないと解するを相当とするので、原告の右主張はそれ自体失当というべきであり、小一郎につき正当の事由のなかつたことは前認定のとおりである。

よつて、原告の右主張は採用できない。

三1  原告は、被告には当初から本件土地を所有する意思はなかつたと主張し、被告が本件土地の固定資産税等を納付しておらず、このことについて西川豊子や西川幸吉に対し問合せもしていないことおよび本件土地が一筆の土地の一部であることは当事者間に争いがなく、被告本人尋問の結果(第二回)によれば、被告が本件土地を買い受ける旨の契約をなすに際しても、幸吉や本件土地の隣地所有者らの立会を求めて本件土地の測量をしていないことが認められ、この認定に反する証拠はない。

しかしながら、前認定のように昭和二五年五月二〇日ころから長谷川馬之助や被告らが本件土地上に本件建物を建ててこれに居住していたものであるが、その間本件土地の範囲が不明確でこれの使用に支障があつたものと認めるに足りる証拠はなく、また前認定のとおり明石小一郎や明石タヅから西川梅吉らに対し、被告からタヅに対し、本件土地につき、それぞれ所有権移転登記手続をなすように求めており、さらに後記2(一)において説示のとおり幸吉が被告らに対し本件土地の明渡を求めるに至つたのは昭和三九年ころ以降のことであり、これに対し被告らが本件土地の明渡義務のあることを認めていたものとは認めることができないこと等に、前認定の被告が本件土地を買い受ける旨の契約をなすに至つた経緯を併せ考えると、前記事実をもつて被告が本件土地を所有する意思を有していなかつたものと認めることはできず、他に原告の前記主張を肯認するに足りる証拠はない。

よつて、右原告の主張は採用できない。

2(一)  原告は、被告らは、西川幸吉からの本件土地の明渡請求に対し、昭和三九年ころ以降においては明確にその明渡義務のあることを認めているので、右は時効中断事由である承認に該当するか、もしくは時効利益の放棄であると主張し、〈証拠〉によれば、幸吉が被告らに対し昭和三九年ころ以降において本件土地の明渡を求めていることが認められるが、これに対し被告らがその明渡義務のあることを認めていたものと認めるに足りる証拠はない。もつとも、右〈証拠〉中には、被告らが本件土地の明渡義務のあることを認めて、その明渡の猶予を求めていた旨の供述部分があるが、右〈証拠〉および前認定の被告が本件土地を買い受ける旨の契約をなすに至つた経緯と対比すると、右の各供述は採用し難く、他に被告らが本件土地の明渡義務のあることを認めていたものと認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告の右主張は採用できない。

(二)  原告は、被告は明石タヅに対し、昭和二七年九月まで本件土地の賃料を支払つていたので、本件土地の取得時効の起算日は同年一〇月一日以降であるべきところ、原告の本訴提起は昭和四七年一月一八日であるから、右時効は中断していると主張するが、被告が本訴において主張している取得時効は、明石小一郎、タヅの本件土地の占有期間を合算しているものであることは前示のとおりであるから、この点において原告の右主張は理由がない。

よつて、原告の右主張は採用できない。

四以上の二および三によれば、昭和四五年五月二〇日の経過とともに、被告が本件土地所有権を時効により取得したものと認めるを相当とする。

よつて、被告の時効取得の抗弁は理由がある。

五以上説示のとおりであるから、原告が本件土地を所有していることを前提とする原告の本訴請求は理由がないものというべきである。

第二反訴請求についての判断

一1  前記本訴請求についての判断において説示のとおり、昭和四五年五月二〇日の経過とともに、被告が本件土地所有権を時効により取得したものと認めることができる。

2  本件土地につき、原告を所有者とする所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二右の事実によれば、原告は、被告に対し、本件土地につき、昭和二五年五月二〇日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務があるものというべきである。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(渡邊昭 増山宏 金井康雄)

別紙〈省略〉

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